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zoom RSS 教育、心理、日本人の社会性

<<   作成日時 : 2005/08/22 08:38   >>

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2005/08/22

昨日、若者自立塾祈念講演会に行ってきました。
http://center.roukyou.gr.jp/index/event2005_6_09.htm
http://www.jiritsu-juku.jp/0821sympo.pdf
さすがに宮本先生の講演は、網羅的で調査の実際にそった分厚いものでした。「ニート、中退、不登校は、同根の問題」と言うことが強調され、一般市民がとっくに知っていることに政府がやっと気がついたということに驚きを感じさせられました。懇親会で、しっかり名刺も交換しました。
さて、宮本先生の講演はさておいて、面白かったのは、その他の関係者(若者自立塾で指導員となる皆さん)のお話でした。

ニートは、金も学歴もなく、社会に出てゆく自信もないヒトという定義に、演劇集団銅鑼の代表者は、「まるで自分たちのことのようだが、そんな自分たちが他人に感動を与えるという明確な意識で、生き生きと活動している。若者と一緒に感動を作り出すことが出来ればこの塾は成功ではないか」と語って会場の拍手を獲得していた。
千葉大教育学部の体育教師の徳山教授はロッククライマ(フリークライマ)の実態を語って、お金よりも彼らにとって「あの壁を登りたい」ということが目標なのです、多様な目的を認めてあげる必要があるのではないだろうかと述べた。
ジェフ市川の専任コーチ(事実上のマネージャ)氏は、直近1年間で4万人の小学生と会って握手した。挨拶をして握手する。子供たちはそのとき感動してくれるだけではない。サッカーの会場に来
ても、大声で(選手名ではなく)私の名前を叫んでくれるのである。逆に言えば、そんな単純な交流でさえ今の小学校ではされていない。第一に自分が呼ばれていった小学校で、私から「おはようございます」と声をかけても、返事をしないかったり、逃げていってしまう教師さえいる、これでは挨拶の出来る子が育たなくて当然ではないのかと、語ったときにはさすがに会場はシンとなってしまった。教師が「社会性を育む」どころではなく、教師自身が社会性を身に着けていないのである。
最後に登場したシンガーソングライタ(千葉大学修士課程在学)は、プライドを忘れず、負けまいとしてここまでやってきました、もう辞めろという圧力は、今の若者にかけないでくださいと訴えて、自分の歌を2曲歌った。
これらの発言を聞きながら、人はパンのみにて生きるにあらず、と言う言葉を思い起こしながら、もう一つのことを考えていた。
若者は、いつの時代も、とんがって生きていた。誰にも認めてもらえない渇きに耐えながら、いつか見ていろ、他人か認めてくれる自分になってみせる、と思っていた。30年前いや40年前の自分もそうだった。
とんがって生きて、ぶつかって傷ついても、精一杯ぶつかった結果なら傷のいえるのが早かった。他人に言われてやってみて傷ついたのなら、もう、勧められても、立ち上がる気がしないだろう。
とんがってやってみるとは、とりもなおさず、I君のように個性を追求するということではないのかとも思う。
http://14791763.at.webry.info/
とんがってやってみることはいいことだ。他人に迷惑をかけない限りは、やってみろ、徹底的にやってみろ、やって傷ついて考えて、一歩たくましくなって立ち上がる。そうして若者は大人になってゆくのではないのか。
家庭も学校も企業も社会も、もっと若者にとんがることを許容し、「若いんだから、やってみたらいい」と、昔のようにおおらかに言って上げられたら、社会性を育む機会になるのではないのかとおもった。
楽観的に過ぎるかも知れないが、ちょっと感動を感じながら、講演を聞いてきました。

琵琶

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